【プロフィール】
いとう・ちから 1985年10月21日生 株式会社セールスフォース・ドットコム所属
2017年 USオープン大会 優勝、
2017度 パラテコンドー強化指定、育成指定選手選考会 優勝
中学は剣道、高校はテニス、社会人になっても、休日には友人とフットサルをし楽しんでいた伊藤力選手。そんな中、職場の事故で右腕を切断。腕を切断したと知らされた時のショックは大きかったが、一番に頭に浮かんだのはまだ結婚して一ヶ月だった奥様の事だった。
「妻の泣いている姿を見て、これは夢ではなく現実なんだと我にかえりました。」頭や心の整理をし、自身を落ち着かせると、”こうなったのは仕方がない””どうにかなる”という思いになり、次に「早く退院して身体を動かしたい」という気持ちが沸き起こった。
「病院でじっとしているとマイナス思考になってしまって。でもスポーツをしている時は、そのことに集中して打ち込めるし、とても前向きな気持ちになれるので、早く身体が動かしたかったんです。」
そこから、毎日のように”退院したい”と病院のドクターにアプローチをして、予定よりも2ヶ月早く退院。その後すぐに、自ら探してきたアンプティーサッカーを始めたことが、パラテコンドーと出会うきっかけになった。
「アンプティーサッカーの関係者にたまたまテコンドーの師範を友人に持つ人が居たんです。その人から、”パラテコンドーが東京2020パラリンピックの競技として正式採用されたので、選手を探している。君やってみないか?”と声を掛けられたんです。」
今まで、テコンドーどころか格闘技系の競技をしたことはなかったが、今の自分にできることがあるのならなんでも挑戦してみよう!と思い、迷わず「やります」と返事をした。
「東京パラリンピックを目指せるチャンスなんて滅多にない。今の状況を楽しんでみようと思ったんです。」
ここから、東京パラリンピックという大舞台を目指す、伊藤選手の新たな競技生活がスタートした。
パラテコンドーを始めて数週間は、慣れない競技に身体中が筋肉痛で悲鳴をあげていた。しかし、初めてミットを蹴った時の爽快感がたまらなく気持ちよく、痛いより楽しいという気持ちが先走った。
「始めは出来ないことだらけでしたが、すごく楽しくてすぐに夢中になっていきました。」
そして競技を始めて3ヶ月、初めて参加した公式戦で、世界ランク1位の選手と戦うことになった。結果は2ラウンドのコールド負け。しかし伊藤選手は、悔しい思いと同時に確かな手応えを感じていた。
「試合は完敗でしたが、4年後の東京パラリンピックまでにはこのレベルにまで到達できる。そう思ったんです。」
そして昨年7月、本格的に競技に打ち込む環境を求め東京へ移住。しかし、住み慣れた北海道の街を離れることは、簡単に決断できることではなかった。
「自分の夢のために家族を巻き込むことが果たして本当に幸せなことなのか悩みました。でも、妻に、東京行きを相談したら”やってみたら”とすぐに賛成してくれて。この一言がなければ、東京行きを決断できていなかったと思います。」
家族というかけがえのない存在が、東京パラリンピックへ掛ける熱意をさらに強くしている。
東京2020パラリンピックより、正式競技として追加されたパラテコンドー。しかし、競技人口が少なく、一般的な認知度も低いのが現状だ。そんな状況を打破すべく、伊藤選手は自分のSNSで自らパラテコンドーの情報を発信している。伊藤選手もパラテコンドーを始めるまで、パラテコンドーという競技がある事を知らなかった。しかし、競技を始めてみて、パラテコンドーの楽しさや奥深さを知り、”もっとみんなにパラテコンドーの魅力を知ってもらいたい””パラテコンドーを盛り上げていきたい”という思いが強くなったのだ。
「元々ツイッターをやっていた事もあり、大会の情報や体験教室など、身近でパラテコンドーを体感できる場所の情報を発信するようになりました。今では、ツイッターを見て大会の応援に来てくれる人も増えてきたんですよ。」
自身の成長だけではなく、競技全体を盛り上げたいという一心で、日々SNSを発信し続けている。
今後の目標は?と尋ねると、迷いなく「東京パラリンピックで金メダル!」と、勢いのある答えが返ってきた。
「夢中になれるものに出会え、東京パラリンピックを目指せる環境にいる自分はとても幸運だと思います。そして、最高の舞台で、家族に一番いい姿を見せたいんです。なのでとにかく今は、金メダルを取ることしか考えていません。」
力強い眼差しと、覚悟が伝わる熱意。伊藤選手の今後の活躍が楽しみだ。
もうすぐ2歳になる娘さんのお父さんでもある伊藤選手。休日は、専ら娘さんと遊んでいるのだとか。
「歩けるようになった娘と過ごす休日は、のんびりと娘のペースで家の近くを散歩しています。娘目線で散歩すると、普段気づかないような発見ができたりして楽しいんです。それと、僕自身じっとしているのが苦手なタイプなので、家にいる時は娘をぐるぐる回したりなど、思いっきり身体を使って遊んでいます。」
と、真剣な眼差しで競技に取り組む姿とは違う、父親らしい一面を垣間見る事が出来た。
試合前に食べる決まった勝負飯はないと話す伊藤選手。しかし、落ち込んだ時や、ストレスを発散させたい時などには、大好きな”ハンバーガー”を思いっきり食べるんだとか。
「食べ物に気を使っているスポーツ選手は多くいると思いますが、僕は真逆ですね(笑)。我慢してしまうとそれがストレスになってしまう事もあるので、食べたい時に好きなものを思いっきり食べているんです。」
伊藤選手は、好きなものを食べたエネルギーを、活力に変えて練習に励んでいるようだ。