東京パラスポーツスタッフ認定者インタビュー(17)陸上競技(知的)/ドクター 佐藤広之さん(2020/3/19)

佐藤広之さんの写真

【プロフィール】
さとう・ひろゆき 1966年、東京都生まれ。
リハビリテーション科専門医・指導医として臨床・教育(理学療法士・作業療法士等の育成)に携わりつつ、全国障害者スポーツ大会の東京都選手団の帯同医や東京都障害者総合スポーツセンターの医事相談業務を10年以上勤め、日本知的障がい者陸上競技連盟のチームドクターとして種々の国際大会にも帯同。

選手たちの身体をケアする「トレーナー」とは別に、選手たちの身体に関するスペシャリストが「スポーツドクター」。どちらもスポーツの現場には欠かせない存在ですが、一般的にはその役割分担などあまり知られておりません。今回、長年にわたり障害者スポーツに携わり、現在は、日本知的障がい者陸上競技連盟のチームドクターを務めている佐藤広之さんにインタビューしました。

障害や年齢、性別でわけることなく、同じ体力レベルの人たちで競うスポーツが出てきてもいい

~スポーツドクターとして関わるようになったきっかけを教えてください。~

医局の先輩が王子にある「東京都障害者総合スポーツセンター」で医事相談を行っていて、後任を探していました。当時大学院生だった自分は時間もありましたし、国立障害者リハビリテーションセンターで多くの障害者と接してきた経緯があったことから、センターの医事相談業務を引き受けたのが、パラスポーツとの最初の関わりです。そこから全国障害者スポーツ大会の東京都選手団に帯同する医師として依頼を受けることになりました。

続けている理由は選手たちの成長を見られるから

~スポーツドクターとはどのような役割なのでしょうか。~
佐藤広之さんの写真1

国内外を問わず大きな競技大会では、競技場内で事故等が起こった場合には運営側が設置した救護担当が第一に行います。チームドクターは、主に大会に帯同し、宿舎に帰ってからの怪我のケアや、遠征途中に体調不良を訴えた選手への対応が主な役割です。

もう一つの大きな役割は「メディカルチェック」の対応です。国際大会では、出場する選手は必ずメディカルチェックを受けなければなりません。選手には年1回健康診断書を出してもらい、問題がないかを確認します。そこで問題がある場合は、チームドクターとして日本パラリンピック委員会(JPC)や選手本人に説明しています。

~選手たちと接するうえで心がけていることは何ですか。~

知的障害がある選手の場合、関係性を築くのに時間がかかります。選手に僕のことを認識してもらわないとコミュニケーションが取りにくいので、大会だけではなく練習場や合宿にもなるべく帯同して、顔を覚えてもらいます。また、選手とは適度な距離感をとることも心がけています。逆にコーチたちとは密に選手の情報を共有することが大切です。

~選手たちと関わり、やりがいを感じたことや何か気づきがあれば教えてください。~
佐藤広之さんの写真2

選手と接していると若かった選手達が年齢を重ねるにしたがってそれぞれ成長し、いつの間にか結婚していたり、以前はいつもそっぽを向いていた子が、今では後輩選手の面倒を見るようになっていたりという姿を見ることができる、これも「スポーツ」の力だと思います。そうした姿を見られるからこそ、ずっと関わっていられるのかもしれませんね。

ドクターには腹を括って判断しなければならない時も

~「スタッフ」とはどういう存在だと考えていますか。~

スタッフは「黒子」でいいと思っています。医者が全面に出ていかなければならない場面とは、あまり望ましい場面ではないです。基本的には何も起きないに越したことはありません。ただし、ドクターという役割は、いざ大会などで判断を求められた場合は、腹を括らなければならない時があります。

例えば、2018年8月に岐阜県で行われた「日本ID陸上競技選手権大会」では、長距離の競技が午後の早い時間に予定されていました。当日は気温も湿度も高く、数値としても熱中症の恐れがあるため、大会役員と協議の上で中止の判断を出しました。その判断について、選手やコーチなどの関係者に説明をするのですが、その競技のためだけに遠方から来た選手もいて、心苦しかったですが納得していただきました。やはり何か起きてからでは遅いですからね。

~「東京パラスポーツスタッフ」に認定されて、どのようなお気持ちですか。また本制度についての感想をお願いします。~
佐藤広之さんの写真3

日本知的障がい者連盟のチームドクターをしていますと言っても、関心のない人には詳しく説明しないと理解されない部分があります。「東京パラスポーツスタッフ」に認定されたことで、周囲の人には分かりやすく伝えることが出来るようになりました。表に出たいと思って活動してきたわけじゃないけど、コツコツとやってきた僕らスタッフにとっては、例えば大会帯同時に職場内で理解が得やすいなど、実務面でのプラスもありますね。

~東京2020パラリンピックを目指す選手へ期待していること、応援のエールをお願いします。~

東京2020パラリンピックは通過点の一つです。今は「お祭」のように、テレビや世間への露出度も上がり、パラスポーツへの関心も高まっています。「お祭」が終わった後もこの状況が続けばいいと思っています。重要なのは2020年の終了後です。選手たちは分かっていると思いますが、2020年の結果に左右されることなくステップアップし、さらに先を目指してもらいたいですね。

~今後、パラスポーツの未来への展望、夢があったら教えてください。~

いま「パラスポーツ」という枠組みが、変化してきていると思っています。これからますます高齢化が進む日本では、様々な種類や程度の障害を持った人、体力の低い人も多くなります。パラスポーツの枠組みで、車いすの人、義足の人、視覚障害の人と分けてしまうと、本当に小さな集団になってしまう可能性があります。インクルーシブスポーツ、アダプテッドスポーツ、ユニバーサルスポーツなどの言い方もされていますが、これからは障害の有無に関わらず誰もが参加できるスポーツが、再び認識されていくと思います。一部の競技を除けばオリンピック選手とパラリンピック選手が一緒に競うことは出来ないでしょうが、義足の人と健常者が一緒に走ったり、障害や年齢、性別で分けることなく、同じ体力レベルの人たちで競うスポーツが出てきても良いとは思っています。そして、それが出来たら楽しいんじゃないかなって思っています。

佐藤広之さんの写真4

まとめ

佐藤さんは大学時代に、医師以外に教員となる選択肢もあり、もしかすると、今関わっている選手たちが通う特別支援学校の教師になっていたかも知れません。いずれの道を選んでもパラスポーツとは「ご縁」があったのだろうと話します。誰とでも気さくに接する佐藤さんに、選手たちも全幅の信頼を置いている様子が伝わってきました。