東京パラスポーツスタッフ認定者インタビュー(15)カヌー/コーチ 西明美さん(2020/3/13)

西明美さんの写真

【プロフィール】
にし・あけみ 1968年生まれ。
オーエンス勤務。
大学時代からカヌーを始め、インカレ女王に輝くなどトップ選手として活躍。指導員として派遣された江東区のカヌークラブで瀬立モニカ選手と出会い、コーチとして付き合いが始まる。瀬立選手のコーチとしてリオデジャネイロ2016パラリンピックに帯同。現在、東京2020パラリンピックでのメダル獲得に向けて二人三脚で邁進している。 →詳細を見る

颯爽と水上を滑るように進む競技「カヌー」。下肢に障害がある選手が参加し、L1からL3のクラスに分かれ200mのスプリント(直線)を競います。リオデジャネイロ2016パラリンピックで8位入賞、東京2020パラリンピックに出場内定した瀬立選手のコーチを務める西明美さんにインタビューしました。

やり残したことがない練習量で東京2020パラリンピックの舞台へ

瀬立モニカ選手との出会い

~パラカヌーに関わるようになった経緯を教えてください。~
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私自身は、高校までバスケットボールをやっていて、カヌーを始めたのは大学に入ってからです。大学時代はひたすらカヌー選手として活動を続けていましたが、卒業後は現在も勤務している会社のスポーツ事業部で働き始めました。2009年、会社が江東区教育委員会からカヌー指導の業務委託を受けたのがきっかけです。

~瀬立モニカ選手とはそこで出会われたのですね。~

中学生カヌー部の指導をしている際に、彼女が入部してきました。彼女がまだ大きな怪我をする前のことで、障害者ではなく、当時はバスケットボール部と兼部しており、バスケットボールで足を捻挫したり、膝を痛めたりすると、手だけで漕げるカヌーの練習に参加するような感じでした。

彼女は、2013年6月、高校のカヌー大会に出場した直後に学校の体育の授業で怪我を負ってしまい、1年くらい休学していました。車いすで動けるようになると、ここのカヌー練習場に顔を出すようになりました。ちょうどカヌーがリオ2016パラリンピックの正式種目として決まったので、周囲のコーチ達が彼女に挑戦することを勧めました。

私は他のコーチから彼女がパラカヌーを目指すと聞いたので会いに行きました。久々に再会した彼女の視線はずっと低くなっていて、どこか元気がないようでした。何か手伝えることはないかと彼女のサポートを始めたのが本格的にパラカヌーに関わるようになったきっかけでした。

選手に対しては常にフラットでいたい

~指導やサポートを行っていくなかで、やりがいを感じたこと、難しいと思ったことはありますか。~
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カヌー艇とパラカヌー艇は、長さや重さもほぼ変わりませんが、別物だと思いました。パラカヌーは、選手によって障害の度合いも異なるので、定石と言われるような練習方法もなく、個々で重心の取り方や漕ぎ方は違います。どんな障害があっても練習すればフィジカルやパドルテクニックは成長し変化していきます。すると今まで使っていた装具が合わなくなってしまうから、また装具を誂えなおす・・・その繰り返し。まるで追いかけっこのように終わりがありません。一人の選手を観察し続けるという難しいところではありますが、逆にそこが魅力でもあると思います。

~ご自身の選手経験が選手のサポートに活かされていると感じますか。~

スプリントカヌーの基本が分かったうえで、指導できる点では活かされていると思います。実際に瀬立選手のシートに入って漕いでみて、艇の重心やバランス、何か緩衝するものはないか確認して還元することもあります。障害の度合いや身体的な成長でも変わってきますし、陸上に比べて水上は不安定で、常に同じ水面とは限りません。いつも選手と話し合いながら調整を重ねていきます。

~選手たちを指導するうえで心がけていることは何ですか。コミュニケーション術、教え方のコツなどがあれば教えてください。~

選手たちは「コーチは怖いですよ!」と言うかもしれませんが、私は気長でフラットですよ(笑)。パラの選手は、日々、体調も違うし、それによって気持ちの安定にも波があるので、コーチとしては常にフラットでいたいと心がけています。

選手たちを盛り上げるなら、サポートスタッフも盛り上がらなければ

~「スタッフ」とはどういう存在だと考えていますか。~
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パラの選手にとってスタッフは必要不可欠な存在です。特にカヌーは、水上に船を出したり、落水したら助けに行ったり、周囲のサポートなしでは練習できません。しかし、サポートスタッフを確保できない選手がたくさんいるのもパラカヌーの現状です。

~「東京パラスポーツスタッフ」に認定されて、どのようなお気持ちですか。また本制度についての感想をお願いします。~
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パラスポーツに携わってまだ日が浅いにもかかわらず、東京パラスポーツスタッフに認定されて、大変光栄です。私は会社に所属しているので、認定されたことによって、競技サポートに行きやすくなったことはとてもありがたいです。会社も社会貢献の一つとして、私を送り出してくれるのは嬉しいですね。 せっかくの認定制度ですから、他競技間で交流を図り、意見やアイデアの交換が出来るようになればより良いと思います。選手たちを盛り上げるなら、サポート側も盛り上がることが必要ですね。

~スポーツファンの皆さんに、パラカヌーの見どころや魅力をお願いします。~

カヌーは水上のF1とも呼ばれ、その最大の魅力はスピード感です。距離はたった200mですが、選手によって見せ場があり、瀬立選手はスタートから100mまでのスタートダッシュを得意としています。風や波など気象条件にもよりますが、200mを50秒前半で走りきるのが現時点での世界レベルです。現在の彼女のタイムは50秒前半から中盤ですが、リオデジャネイロ2016パラリンピックであれば優勝できるタイムです。

西明美さんの写真6

現在はカヌー競技全体の世界レベルが上がっています。2015年にイタリアで行われた世界選手権で瀬立選手が初出場した際、日本チームは選手に合わせた専用シートを作って参加しました。当時これは画期的なアイデアでした。でも翌年2016年の世界選手権では、日本を真似て専用シートを採用する外国チームがたくさんいました。このように装具が改良されてきていることがタイム短縮に繋がり、世界的に競技力が上がってきた要因だと思います。

~東京2020パラリンピックへ期待していること、意気込みなどをお願いします。~

瀬立選手は、前回大会では8位入賞でした。瀬立選手は障害を負ってから日が浅い中でもできる限りの練習をして大会に臨みました。そして、出場するだけの選手とメダルを獲得した選手では、同じパラリンピアンでも、雲泥の差だというのを肌で感じたので、その後彼女自身も意識が変わったし、私も一緒になって真剣に東京2020パラリンピックに向けて取り組んでいこうと誓いました。

まずは彼女の身体から作り直しました。ベースとなる身体があって、初めてやりたい練習ができるようになりました。残りわずかな日数ですが、全てをやり尽くす練習量で東京2020パラリンピックの舞台に立ちたいですね。ぜひ、皆さんには200mのスタートから見て欲しいです。

~今後、パラカヌーの未来への展望、夢があったら教えてください。~

水上で行うパドルスポーツには、海でやるサーフカヌーであったり、スタンドアップパドルであったり、多様なスポーツがあります。競技としてのカヌーに限らず、水面のパラスポーツを楽しむ機会が増えて欲しいです。オフシーズンは、そうしたパドルスポーツで身体を鍛えて、シーズンインになったら「競技カヌー」に行く、「エンジョイカヌー」に行く、いやいや私は「マラソンカヌー」に行きます、などの選択肢がたくさんある未来になると良いと思います。いまは東京2020パラリンピックに固執してしまいますが、その後、パラリンピックが2024年、2028年と続くなかで、誰もが多様なパドルスポーツを体験できるようになって、それがカヌー競技全体の発展に繋がれば良いと期待しています。

西明美さんの写真7

まとめ

取材を行ったのは江東区がパラカヌー選手のために環境を整備した「旧中川カヌー練習場」。散歩をしている近隣の人が練習している選手に声援を送ったり、差し入れをしたりと、こうした地域の皆さんの応援が選手たちの励みとなって好成績に繋がっているのだと思いました。西コーチもパラリンピックでは地域の皆さんに恩返し出来るように頑張りたいとおっしゃっています。競技と地域の素敵な関係で、金メダルを目指して欲しいと思いました。