【プロフィール】
きくち・ひろゆき 1976年生まれ。
医療法人地の塩会 とだ小林医院所属。理学療法士。
2015年より日本ゴールボール協会トレーナーとして活動。
視覚障害のある選手たちが1チーム3名で鈴の入ったボールを相手ゴールに投げ合う対戦型チームスポーツ「ゴールボール」。トレーナー・理学療法士として選手たちを支える菊池拓道さんにインタビューしました。
元々、障がい者スポーツ指導員としてさまざまな障害者スポーツ大会でお手伝いをしていまして、先輩である日本ゴールボール協会の理事の方から、ゴールボールの合宿があるから来てみないかとお誘いを受けたのがきっかけです。
その時はボール拾いなどのお手伝いでしたが、選手が体を痛めた時があって、選手にケアのアドバイスをしていたら、僕が理学療法士の免許を持っていることが知られて、協会でトレーナー部会を作る際に声がかかり、2015年からトレーナーとしてチームに参加するようになりました。
ウォーミングアップ、選手たちのコンディショニング管理、ケガなどの応急処置、予防のためのテーピング、時には選手に身体や動作のアドバイスをすることもあります。また、スタッフの人数が少ない分、運動能力測定などトレーナー以外の仕事も行い、合宿の宿舎に戻れば、選手のケアやアンチドーピングの担当もしています。
選手一人ひとりタイプが違うため、合宿中の限られた時間ではなかなか一人ずつ十分な時間を取ってアドバイスすることができません。伝えることが非常に難しいですが、指導をしていくと選手たちはどんどん伸びていくので、プレーの内容や質が変わりますし、それを試合に活かして活躍してくれることが非常に嬉しく、誇りに思います。
苦労ではありませんが、全盲に近い選手へは、なかなか話のニュアンスが伝わりにくいことがあります。細かく伝え過ぎることにより、逆に間違って動いてしまったり、混乱させてしまったり、かえって正確に伝わらないことがあります。
発言をするときは、「トレーナー」として発言するようにしています。選手が迷わないように身体の使い方やトレーニングについては話しますが、戦術などに関わることはアドバイスしません。また「こうしなさい」「これが正しい」という指導はできるだけしないようにして、選手本人に考えさせる言い方を心がけています。「こういう方法もあるよ」と、複数の方法を提示して、その中で選手に選んでもらいます。やはり選手自身が納得しないと、成長の伸びが悪いですし、選手が納得したうえで、自分で考えて動いてもらうのが一番いいと思います。もちろん間違っているときは「違う」と言います。
それから、「いい距離」を保つことも大切。近すぎず、遠すぎずの距離感を保ち、親しくはするけど、「トレーナー」と「選手」としてのラインは引いておきたいですね。
彼らはこちらの表情が見えていなくても雰囲気を読み取り、理解してくれます。逆に言うと誤魔化せないと思うので、特に彼らの前では情報を正しく伝えるようにしています。
僕は元横浜ベイスターズ監督の権藤博氏の著書『教えない教え』に影響を受けていて、教え過ぎないことを心がけるようになりました。それから自分がいつも指導していただいている理学療法士で宇都宮初夫先生という方がいるのですが、宇都宮先生は、「患者こそ師」とおっしゃっています。「患者がすべてを教えてくれるから、患者をしっかり見なさい」ということを、ずっと教わってきました。その言葉を胸にトレーナーとして活動するときも少しでも早く普段との違いに気づけるよう、よく選手を見るようにしています。
スタッフは僕のほかにコーチやレフェリー(審判員)、地域の方も手伝ってくださいますし、それぞれが役割を持っています。スタッフは勝利という1枚のパズルを完成させるための重要な1ピース。選手も1ピース、ご支援・ご協力・ご声援を送っていただける方たちも1ピース。それぞれ形が違うかもしれませんが、どれも1枚のパズルを完成するために欠かせない1ピースです。
普段は一緒ではなく、合宿の時などで一緒になることが多いので、極力、コミュニケーションを絶やさず、メールで連絡を取り合ったり、色々な話題の話をしたりするようにしています。専門的な話だけじゃなくて、日常の話なども聞いて、スタッフ同士の良好な関係性を心がけています。
両立できているかは自分では分かりませんが、できているとしたらそれは職場の理解が非常に大きいと思います。海外遠征となると1週間から長いときは2週間近く休むことになります。それを許可していただいている職場には心から感謝しております。
両方の活動を行っていると、時には想像以上の忙しさで頭がパンクしそうになることもありますが、できるだけ理学療法士として働いているときとトレーナーとして活動しているときと頭を使い分けるようにしています。そして、それぞれを少しでも余裕をもって行えるようにスキルアップに努めています。
非常に光栄であり、感謝しております。同時に責任も感じており、少しでも恩返しができるように頑張ろうと思います。
チームには、選手や強化スタッフだけではなく、色々な人が関わっていますので、裏方の人にスポットライトを当ててもらえるのは、とてもありがたいことです。世間に、このような裏方の存在がいることを分かってもらえるのが一番大きいことだと思います。これで競技の認知度が上がって、東京2020パラリンピック大会以降も注目してもらえるような関係になってくれたら嬉しいです。
1.25kgという重いボールを視覚を閉ざした状態で投げ合い、投げられたボールはコンマ数秒でディフェンスに到達し、それを全身を使って止めます。観客はプレー中、声を出して応援できないというまさに静寂の中の格闘技。選手たちはいかに「音を見ている」か、男子は迫力を、女子は緻密な戦術を、実際に見ると感じることができると思います。テレビ放映では伝わらないものがあるので、是非実際に観戦にきてください。
いよいよ来年に迫ってきました。でもまだ1年あります。やれることはいっぱいあるので、まだまだ能力は伸ばせます。コンディショニングには気を付けながら、是非一緒に頑張っていきましょう。
日本ゴールボール協会 http://www.jgba.jp/
選手一人ひとりと向き合い、選手の体のケアだけでなく、時には動作のアドバイスまで行っている菊池さん。常に「トレーナー」として接することを意識されているからこそ、選手も自ら考え選択して成長されているのだと感じました。
選手もスタッフも勝利という1枚のパズルを完成させるための重要な1ピースと話されるように、お互いを信頼していることが伝わってきました。