【プロフィール】
なかがわ・えいじ 1974年生まれ。
特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会所属。
スクールコーチ時代には、数々のJリーガーや日本代表選手たちを育成。2016年より5人制サッカー日本代表のコーチを務め、現在、クーバー・コーチング・サッカースクールのヘッドマスターとして指導者養成も行う。
視覚障害のある選手を対象とする5人制サッカー、別名「ブラインドサッカー」。今回、日本代表の戦術・技術面のコーチであり、ゴール裏で選手たちに指示を送る「ガイド」を務める中川英治さんにインタビューしました。
現役時代は、北海道の地域リーグで選手としてプレイしながらコーチをしていましたが、コーチの方が楽しいんじゃないかと思い、20年ほど前からクーバーでコーチの仕事をしています。スクールコーチ時代には、良い選手たちに恵まれて、いま海外でプレイしている武藤嘉紀選手、なでしこジャパンの熊谷紗希選手、鹿島アントラーズの三竿健斗選手など、代表やJリーガーとなる選手たちが来てくれていました。現在は、サッカースクールのコーチを育成する仕事に携わっています。
コーチ育成コースの中で障害者サッカーも扱うことになり、指導者の卵たちに障害者スポーツについても知ってもらおうと、日本ブラインドサッカー協会にお願いして講義を行っていただきました。その際、デモンストレーターで来てくれた日本代表強化選手(2019年4月現在)の加藤健人選手から、「自分の周りにサッカーを教えてくれる人がいないので教えてくれないか」と頼まれ、2014年頃から、個人レッスンを始めました。
その後、だんだん加藤健人選手のパフォーマンスが上がってくると、僕が教えていることがブラインドサッカー関係者の間で広まったようです。2016年のリオ大会予選で日本代表が負けてスタッフとコーチを入れ替えることになり、現在、日本代表監督の高田敏志氏からコーチの誘いを受けました。もともと高田監督とはブラインドサッカーに関わる前からの知り合いでしたし、2020年のプロジェクトが魅力的だったので代表チームに加わりました。
チームでの役割は、戦術・技術のトレーニングをメインに行い、それをゲームプランに落とし込むということをやっています。試合の時は、ゴール裏から声を出して誘導する「ガイド」を担い、試合後はゲーム分析をして、また戦術・技術のトレーニングに反映させるというような、PDCAサイクルを実行しています。トレーニング、試合、課題抽出、プランニング、トレーニングのサイクルを回していくのが僕の役割です。
フィールドプレイヤーは目の見えない人が行うほか、サッカーよりもフットサルと比べるとわかりやすいと思います。基本的にブラインドサッカーは、フットサルを元にデザインされたゲームです。ピッチの広さは20m×40m、フィールドプレイヤーは4人でゴールキーパーがいる、プレイ時間は前後半各20分でボールがアウトしたら時計が止まるというのもフットサルと同じです。
一方、フットサルとの違いは、サイドにフェンスがあってボールが出ないようになっているのと、ボールは弾まず、中に鈴が入っていて音が鳴るようになっています。さらにフットサルと大きく違う点はゴールキーパーの動ける範囲が縦は2mと限定されていることです。また、ゴールキーパーだけは晴眼者または弱視者が行うので、フットサルのようにフィールドプレイヤーとしての役割は出来ないルールとなっています。
「視覚障害者を教えるのに大変だったことはないか」と、よく聞かれるのですが、「全くありません」と答えています。もちろん選手の目は見えないので工夫はしますが、特に戸惑うことはなくて、一アスリートとコーチとしての関係性は健常者と変わりません。
教える時に工夫するとしたら、デモンストレーション、動きなどをビジュアル化して直接見せることが出来ないので、基本的には言語を使って伝えなければなりません。そのために一番気をつけていることは、選手全員と僕が共通のイメージを描ける共通言語を作ることですね。例えば「ピサーラ」と言えば、足裏でやるパスですけど、「バックパスをして逆サイドに長いボールを出してサイドチェンジをする動き」などです。動きや戦術に名前を付けてラベリングして共通言語にしているのが一番の特徴です。
言葉だけ共通言語となっても実行の部分でうまくいかないので、トレーニングしていくものを言語化することです。ただ言葉にするのではなくて、今日のトレーニングでやることが、この言葉だよと言語をラベリングします。その一言で選手たちが理解でき、トレーニングと言語、実行とアクションと言語をうまくリンクさせることです。
背中を使って動きやビジュアルをイメージしやすいようにしています。全体練習の時は、ホワイトボードを使って教えるのですが、その時は必ず他のコーチやトレーナー、ドクターたちに協力してもらって、選手とペアになってもらい背中伝いで伝達をしています。
試合前に行う選手たちとの戦術のミーティングでは、僕は普通に映像を使ってミーティングをするんですよ。対戦相手の映像を僕が編集したものをいくつか出して、相手はこういう動きをしてくるからとか説明します。その時も必ず選手と健常者スタッフでペアになってもらって、出した映像を背中に描いてもらって、僕が説明しながらやっています。
選手たちが生き生きとプレイしてくれるというか、毎回プレイを楽しんでくれることです。ちゃんとサッカーの教育を受けてきた選手は少ないので、何か教えると、すぐに吸収してくれるし、新しいことを覚えていく喜びとか、サッカーを深く知っていく喜びなど、ものすごく彼らから感じます。
子どものように楽しみながら練習している彼らの姿に、自分が小学校でサッカーを始めた頃、新しいことが出来た時の喜びと同じものを感じます。彼らはサッカーの原点を思い出させてくれますし、ひたむきにサッカーをやっている姿にやりがいを感じますね。
「スポーツ」の語源を遡ると「離れる」という意味があり、日常生活から離れる、仕事や学校から離れる、解放されるというものらしく、ある意味、彼らはスポーツの本質を捉えているのかもしれませんね。日常では白杖をついて生活していますが、ピッチに立つとそれから解放される非日常的空間なんですね。
中にはサッカーの経験がある選手もいるかもしれませんが、サッカーの原則を理解している選手はそれほど多くはいません。そういう意味では、1から積み上げていくという楽しさは当然あったと思います。
スポーツの世界で「ゴールデンエイジ」という言葉がありますが、9歳から12歳頃までは神経系の成長があって、一番成長する時期だといわれています。僕の中では、彼らは今がゴールデンエイジなんです(笑)。なぜかといえば、先天性ではなく、後から視力を失った選手たちにとって、視覚を失ってから十数年、小学生のように神経系のスピードは伸びてはいきませんが、視覚以外の感覚がどんどん研ぎ澄まされているような気がします。
代表選手ともなれば大きな差はありませんが、確かに差はあると思います。キックの動作でいえば、先ほど教えていた加藤健人選手は幼い頃にサッカーをやっていたので、キックの前に、足を振りかぶるテイクバックの動作を行います。一方、同じく日本代表強化選手の黒田智成選手は小さい頃から目が見えなかったので、振りかぶることなく、フォロースローを大きくしたキックをします。
キーパーのほとんどは目の見えるサッカー経験者です。そのキーパーからすれば黒田智成選手のようなキックはフェイクと同じで、動作が読みにくいものです。加藤健人選手のキックの良さもありますが、キーパーにすればタイミングを合わせられやすいかもしれません。
どちらの技術を矯正するのではなくて、どちらの良さも活かしていこうと思います。加藤健人選手のシュート練習を見ていただきましたが、とてもパンチのあるシュートじゃないですか。彼の良さとして活かしていきたいですし、他の選手は他の選手の良さを活かしていけばいいかなと思います。
どんな戦術を作ろうが、どんなシステムを組もうが、構成しているのは個人の集合体ですから、個人を高めることはもちろんですし、個人の得意な部分を汲んでいった方がいいです。チームとしては選手同士の相乗効果が力を生むと思うので、1+1=3ではないですが、いろいろな組み合わせを考えていかなければならないと思います。
東京2020大会まで残された時間は400日余りですが、チームの成熟度を上げていくにはコンビネーションとか、もっと突き詰めていかないといけないと思います。
影響を受けた人はごまんといます。指導者養成の仕事をしているので、サッカーにまつわるいろいろな分野の講師の方を呼ぶんですが、そうした仲間からも感化されますし、それこそ、みんなの良いとこ取りですね(笑)。
理想といえば、僕は何も言わなくても選手たちが勝手に出来るぐらいにしたいなと思っています。試合では「ガイド」というポジションをやっていますが、僕がしゃべらなくてもいいように、選手たちが自発的に動いて、状況を察知して判断してプレイするというのが一番の理想なんです。コーチがあまり指示をしないのが理想です。
左右の指示を出すことです。自軍の選手たちは僕に向かって走ってくるので、指示する場合、選手と左右が逆になりますが、選手が背中を向いてプレイする時は元に戻ります。それを瞬時に切り替えるのが大変です。ガイドはフリーキックの時にゴールの位置を知らせる棒を持っているのですが、僕は常に左手に持つようにして、左右を間違わないように気をつけてます。
試合中のテクニックとしては、フリーキック時に相手が壁を作りますが、その時、僕はゴールを長い間カンカン叩いて、その間に選手たちに指示を出してます。レフリーも副レフリーも外国人だから、僕の言葉は分からないじゃないですか。また、相手のキーパーや壁を作っている選手も、いつ打つんだろう、いつ終わるんだろうと思うはずなので、僕はなるべく時間をかけています。きっとレフリーはいつも早くしろと思ってるはずで、たまに怒られる時もあるんですけど(笑)。自分たちのペースで試合をするためにレフリーと駆け引きしています。
ブラインドサッカーは、パラリンピックにも出場できますし、メディアからも注目していただいているので、ありがたいです。しかし障害者サッカーは他6種目もありますし、サッカー以外にも多くの競技と種目がありますよね。もっともっと、パラスポーツが世の中に広まってくれたらいいなと思います。広めるためにもスタッフ認定制度は必要ですし、またスタッフとして関わる人たちが増えるきっかけになればと思います。
スタッフになりたいという人がいれば、人材を求めているクラブチームがたくさんあるので、そういうところに相談してみるといいと思います。これまでサッカーに関わっていなくても、クラブチームの運営として参加してみるとか、いろいろな選択肢がありますし、ブラインドサッカーだけではなく、他のスポーツにも関わって欲しいですね。
僕はランニングが趣味、いや、もう日課なんですが、大会遠征や合宿であろうと毎朝走っていて、3月のワールドグランプリの時は、朝5時に起きてランニングに出かけたんですよ。フィジカルコーチから僕も行っていいですかと言われたので一緒に走りましたが、そのフィジカルコーチがトレーナーやドクターにも声をかけて5、6人で走ることになりました。それまでもミーティングなどで共有することはあったんですけど、朝、みんなで走りながら、色々なことを共有できたのは良かったなと思います。
スタッフ間の関係性はとても良いです。これには理由があって、日本代表の高田敏志監督のおかげだと思います。あの方はマネージャータイプで、分業している仕事を各リーダーに任せて、最終的な決断を監督が行います。戦術コーチ、フィジカルコーチ、キーパーコーチ、メンタルコーチなど、役割とタスクを与えて、責任を持たせてくれるので、とても仕事がやりやすいです。
それはもう、朝のランニングですよ(笑)。毎朝10km走っていて、先月もたしか230kmぐらい走りました。考え事をしながら走る時もありますが、それだとペースが上がらないのでひたすら走る時もあります。ただ僕はアスリートというわけじゃないから、1日のウォーミングアップという感じですね。
遠征の時は、まずは走りに行くんですよ。飛行機での過ごし方とか自分なりの時差ボケ解消法があるのですが、現地に着いたら走ることにしています。汗をかいてリラックスできるのかな。
ブラインドサッカーは、視覚障害の方には新しい何かが発見できると思うので、ぜひ、新しい世界を見て欲しいなと思います。そのためには勇気が必要だと思いますが、勇気を持って一歩を踏み出して欲しいです。
ひたむきにサッカーに取り組む選手たちにサッカーの原点を思い起こさせると語る中川コーチは、視覚に障害のある選手たちと共通言語を使い、動きや頭の中に描くビジュアルを選手とスタッフが一致させながら進んでいます。そして、今がゴールデンエイジという選手たちのさらなる輝きに期待したいです。