手や足などの機能を担う義肢装具のメンテナンスなどを行う「義肢装具士」。自らの陸上競技経験を生かしながら、義肢装具アスリートをサポートする沖野敦郎さんにインタビューしました。
義肢装具士は国家資格の仕事です。義肢装具の「義肢」は、義手や義足のことを言います。「装具」は、膝当て、サポーター、コルセット等で、実は靴も装具になります。義肢装具士は、頭から爪先まで、身に付けるものを作ります。厳密には製作自体は誰がやってもいいのですが、医療保険を適用する時に、医師の指導の下に型を取ったり、寸法を測ったり、患者さんに触ることができるのが義肢装具士です。
将来、ロボットを作ろうとして大学の機械システム工学科に在籍していましたが、諸事情があって留年しました(笑)。このまま勉強して1年遅れで同期たちの後を追うのか、どうするか、そこで人生の方向性を見失ってしまいました。その時、テレビでシドニー2000パラリンピックを観て、中学からやっていた好きな陸上競技と、学問で学んでいるロボットの技術を合わせたら、より良いものが出来るのではないかと思いました。
通常でしたら、義足を作って、その作った義足を選手に付けてもらって、パラリンピックへ送り出そう、金メダルを目指そう、と思うのかもしれませんが、僕の場合、本来義足を着けないと走れないような人と一緒に走りたかったんです。金メダルよりも、一緒に走れる仲間を作りたいという想いが強いのです。
僕の場合、プライドはなくて、選手の求めていることを忠実に再現できるようにしたいと思っています。選手の求めていることが僕のイメージと違う場合は討論し、自分のイメージを修正していきます。そして、最終的には選手が納得するところに落とし込みます。
従って、僕は「こうした方がいい、絶対に大丈夫」と言えるほど確信が持てていません。自分が未熟、経験数が少ない、というのもありますが、人間の走り方はそれぞれ違い、同じ人が教えても全然違う走り方になってしまうこともあります。その人にとってのベストの走り方があると思いますが、さらに細かい部分を選手と意見を言い合いながら選手にとって、ベストな走り方にたどり着きたいと思っています。
大会や遠征の際は、僕が何もすることがないのが一番よく、「義肢装具士の沖野が居るから、何かあっても大丈夫だろう」と、選手の精神的な安心感につながればいいと思っています。医者が帯同するのと同じです。
しかし、今まで様々なことがありました。これまでの最大のトラブルは、やり投げの選手の帯同の際、世界大会の前日に義足の板がバキッと折れてしまい、直す手段は、板を取り替えるしかありませんでした。その時、サポートブースを出していたメーカーが、板を提供してくれ、無事解決しましたが、内心焦りました。
「走れない人が走れるようになって笑顔になってもらいたいとか、ネガティブからポジティブになって社会に復帰してほしい」などと言うと、格好いいのかもしれませんが、教室を開催して、「陸上も楽しいから一緒にやらない?」と声をかけ、ランニングの仲間を増やしたいだけなのです。
義足の人を走らせてあげようなんて、僕が言うのはおこがましいことだと思います。僕が一方的に教えるのではなく、僕も教わりたいし、義足を一緒に作って、お互いに意思疎通を図っていきたいです。
日本でスポーツ用の義肢装具を扱っている人が少ないので、実例も多くありません。だから、僕は海外選手を参考にしています。海外の大会の際に、日本の選手に帯同すると、ウォーミングアップエリアに入れるので、現場でウォーミングアップ方法や義肢装具を見て、その技術を盗むようにしています。僕は試合観戦よりも、ウォーミングアップエリアで選手の義足等を見ている方が楽しいです(笑)。
認定されたから自分のスキルが上がるわけでもないですが、認定されたからには注目されているという意識をしっかり持とうと思います。普段から常にテレビカメラで中継されている、他者から見られている意識で過ごしているので、今回、その視聴者数が増えたという感覚です。
各スタッフでその人なりのキャラクターがあると思います。みんなで和気あいあいとする人もいれば、指導者的立場でものをいう人もいます。
僕はこういうキャラクターなので、仲間と一緒に同じ目線に立つようなスタンスです。選手団長のような立場は向いていないと思います。選手と同じ目線のスタッフでいきたいと思っています。
僕は趣味と仕事の境界線がありません。いまのこの時間が仕事であり、リフレッシュ時間でもあります。僕のリフレッシュ方法はまるで短距離走のようです。短距離走は一瞬で終わってしまうので、走る時は一気に集中を高め、走り終えれば緊張を解きます。そのオン・オフが精神的にいいのかもしれないですね。僕のリフレッシュ方法は一般的ではないかもしれませんね(笑)。
僕はパラスポーツが楽しいと思っているのですが、パラスポーツで生計を立てられている人は非常に少ないのが現状です。とにかく観客が増えて、競技人口が増えて、その中からスター選手が育つことですね。更に、それに憧れて競技人口が増えることで、スポンサーもついて、競技全体がどんどん広がって経済的に成り立てばいいなと思っています。東京2020パラリンピックでは、全ての競技で観客席が満員になって欲しいです。
義肢装具士にも様々な人がいて、競技に対して理解が少ない方もいます。担当の義肢装具士に相談して難しいことがあれば、僕のところに相談しに来てください。いつでもウエルカムです。地方から出て来てもやりたいとか、熱量のある人と僕は一緒にやりたいです。月に1回やっているランニング教室に来てもらえば、競技用の義足を試すこともできます。あとは本人が動くかどうかだと思います。
僕は、あまり「パラスポーツ」という呼び方はしたくなくて、「ツールスポーツ」と呼びたいと思っています。道具を使ったスポーツという意味です。「パラスポーツ」という言葉には、障害のある人・障害のない人のように、普通のスポーツとの壁を感じます。
モータースポーツのF1は、ドライバーのテクニックがありつつも、車体の設計やメカニックも重要です。義肢装具を使ったスポーツは、それと同じだと思っています。競技者をドライバー、義足や車椅子をレーシングカーのように、ツールスポーツとして見て欲しいと思います。そうなると、スポーツに興味のないエンジニアも、「あの部品はどうなっているのか?」「あのサスペンションは?」などと、興味を持ってくれるようになり、もっとスポーツの枠が広がっていくのではないかと思います。
取材前はエンジニア気質の方なのかと思いきや、選手と共にトレーニングをする沖野敦郎さん。一緒に体を動かしているからこそ選手の体の動きを理解し、義肢装具のメンテナンスにも活かしています。沖野さんが選手たちからの信頼が厚いのも頷けました。