【プロフィール】
よしごえ・そうし 2000年8月7日生 私立日出高等学校在籍
2017年 2017パラ馬場馬術大会 1位(総合成績)
2017年 パラ馬場馬術2017.8競技 1位(総合成績)
2017年 第63回東京馬術大会 1位(グレード1)
右半身及び下肢脳性麻痺のため、産まれてすぐ「歩けないかもしれない」と医師から宣告を受けた吉越奏詞選手。そんな吉越選手が馬と出会ったのは乳幼児の、まだ首も座っていない頃。リハビリの一環として医師に勧められたのが乗馬だった。脳性麻痺の影響で体幹が一切無かったため、最初は母親の膝に座り馬に乗る”親子乗り”から始めた。年数を重ね徐々に一人で乗る事ができるようになり、歩けないかもしれないと言われていたにも関わらず、就学前には歩けるようになるまで体幹は鍛えられていた。そして、馬に乗ると自然と笑いが止まらなくなる程乗馬が好きになっていた。
「最初から馬に乗ることに対する恐怖心は一切ありませんでした。歩けない自分が馬に乗り指示を出すと、思った通りに歩いてくれる事がとても嬉しくて。馬が自分の足になって歩いてくれているようで、毎日”馬に乗りたい”と思っていました。」
東京パラリンピック開催決定のニュースを見た翌日の朝、家族に「馬術の選手として東京パラリンピックに出場する。」そう、決意を伝えた。しかし、決意をするまで苦悩もあった。馬術は競技人口やパラリンピック出場者が非常に少なく選手に対する支援が十分でないのが現状だ。そのため、海外の試合や馬などの維持費は全て自己負担。今まで支えてきてくれた家族の事を考えると簡単に競技を続けるという事を口にはできなかった。幼い頃からリハビリの一環で乗馬と共に水泳も行なっていた。水泳でも大会を目指せると専任のコーチがいた程の実力であったため、”水泳の選手として歩もう”そう思った時期もあった。しかし、幼い頃から共に歩んできた馬への愛情や、競技へかける熱い想いは日に日に増していった。そんな中、開催が決定した東京パラリンピック。気持ちを伝えるのは今しかない。そして、家族の前で決意を伝えた。
「東京パラリンピック開催決定のニュースを見た時、馬術への想いが一気に溢れてきて、すぐに家族に伝えようと決めました。両親への負担も大きくなるのは分かっていましたが、支えてくれる家族や馬に恩返しがしたい。だからどうしても東京パラリンピックで活躍する姿を見せたかったんです。」
吉越選手の東京パラリンピックへの戦いは始まったばかりだ。
東京パラリンピック出場に向けて、コーチを引き受けてくれるクラブ探しに各地を転々とした。しかし、障害者の選手を受け入れてくれるクラブは少なく難航。ようやく決まったのが今所属している静岡乗馬クラブだった。そこでコーチを引き受けてくれたのが、ロンドンパラリンピック出場者の浅川信正氏だ。パラリンピック出場者だけに浅川氏の指導は的確であり分かりやすい。指導を受けて数年しか経っていないものの、出場した試合では軒並み高得点を出している。そして現在も、毎週末は新幹線に乗り、コーチの家に泊まりながら日曜日まで練習をしている。夏休みなどの長期休暇は1ヶ月泊まり込みで練習をするなど、馬術一筋の生活を送っている。
「浅川コーチは、毎週末だけでなく、夏休みなどは1ヶ月泊まらせてもらっています。コーチの浅川さんご家族は、僕のもうひとつの家族のような存在です。このコーチについていけば必ず良い結果が残せる!と思えるくらい信頼しています。」
また、中央競技団体の強化指定選手となり、周りの環境も大きく変わった。
「今まで行けなかった海外での合宿に優先的に行かせてもらえるようになりました。また、競技団体の支援も手厚くなり、色々な場所でたくさん経験を積ませてもらっています。」
昨年8月、日本のパラ馬術史上最も高い得点を叩き出した吉越選手。一気に注目が集まる中、海外でももっと経験を積みたいと意気込む。
「東京パラリンピックに出場するには、国内ではなく海外での試合結果がポイントとなります。また、形式が日本と違ったり、馬も都度借りて一から信頼関係を築かなくてはならないため、経験が物を言います。僕はまだまだ海外での試合経験が浅いので、これから積極的に試合に臨んでいきたいと思っています。」
また、東京パラリンピック出場は夢であると同時に今後の通過点にしたいと考えている。
「東京パラリンピックで活躍することはもちろん今の1番の夢です。しかし、そこで終わりでなく次のまた更に次のパラリンピックも出場して、コーチや支えてくれた方たち、馬に恩返しができるよう、活躍する姿をより多く見てもらいたいと思っています。」
吉越選手の熱い決意に、今後の活躍がますます楽しみだ。
吉越選手の強み、それは”人馬一体となった演技力”だ。常に馬のことを考えているからこそ出来る意思疎通。自分一人ではなく馬と一緒にという思いが強いからこそ成せる技だ。
「試合前は、必ず自分のやる気や意気込みを馬に見せるようにしています。「絶対勝とうね。」そう話すと馬も気持ちを理解してくれて最高の演技ができるんです。」また、普段から馬との会話は欠かさないという。
「試合前だけでなく、普段から意思疎通をとることが大切だと思うんです。試合で最高の演技を皆さんにお見せ出来るよう、常日頃から何気ない会話や自分の身体の状態を馬に見せ、理解してもらえる信頼関係を築いています。」
”馬は自分にとって恋人以上の存在”だと迷うことなく断言する吉越選手は、休日も馬のことばかり考えている。
「疲れていても馬の事を考えるとリラックスできるんです。今の自分があるのは馬と出会えたからだとも思っているので、休みの日も馬の身体について調べたり、どういう指示を出したら動きやすいのかな?など、つい馬のことばかり考えてしまいます(笑)。」
また、日々タブレットや規定集を持ち歩き、経路の確認を念入りに行っている。
「馬術の規定はすぐに変わることが多いんです。なので、本を読む感覚でいつも規定集を読み頭に叩き込んでいます。それと、タブレットに経路を入れることのできるアプリが入っているので、注意箇所や見せ場などを念入りに確認しています。」
試合や練習で海外や地方に行く機会が多い吉越選手の勝負飯は”塩おにぎり”だ。コンビニなど何処でも手に入る塩おにぎりは、吉越選手にとって安心する味。そのため、食べると普段の生活を感じることができ緊張感なく試合に挑めるという。また、家族が試合を観に来てくれている時は必ず母親にマッサージをしてもらうのだとか。マッサージを受けることにより、試合前の緊張で硬くなっている身体がほぐれリラックスできる。
吉越選手の強さの秘訣は、安心できる味と信頼できるマッサージにあるようだ。