~オリンピック・パラリンピックを目指すアスリートを応援~
東京アスリート認定選手・インタビュー(13)
野中生萌選手(豊島区) 山岳(スポーツクライミング) (2017/3/28)

東京都では、東京のアスリートが、オリンピック・パラリンピックをはじめとした国際舞台で活躍できるよう、競技力向上に向けた支援を実施するとともに、社会全体でオリンピック・パラリンピックの気運を盛り上げるため、「東京アスリート認定制度」を創設しました。

このページでは、認定選手の皆さんに「スポーツを通して自分を成長させ、スポーツと社会のよりよい関係を考えていこう」というテーマで、インタビューをしていきます。

野中生萌選手の写真

第13回 野中生萌選手(豊島区)山岳(スポーツクライミング)

【プロフィール】
のなか・みほう 1997年5月21日 豊島区生まれ (公社)東京都山岳連盟所属
IFSCワールドカップミュンヘン優勝(2016)
IFSCワールドカップナビムンバイ優勝(2016)
IFSC世界選手権パリ2位(2016)
IFSCアジア選手権優勝(2015)

登り方の答えは一つではない
自分らしいスタイルで、極めていきたい

どんな体型の人でも、自分のスタイルで攻略できる競技

東京オリンピックの追加競技として実施が決まったことで、一気に注目が高まった「スポーツクライミング」。壁に設定された突起物を使って、ルートを探して登っていく競技で、オリンピックでは、「リード」「ボルダリング」「スピード」3つの複合種目として争われる。ロープで安全な状態が確保されたうえで、制限時間内に到達できた高さを競う「リード」。高さ5m以下の壁に様々な大きさ、形の突起物が配置された複数の課題(登るルート)を、制限時間内にいくつ登れたかを競う「ボルダリング」。高さ15mの壁を登り切る速さを競う、スプリント種目の「スピード」。この3種目は、それぞれに求められる能力が異なることもあり、世界選手権やW杯などでは、それぞれ単種目として行われている。中でも「ボルダリング」は、日本選手が男女ともに世界トップで活躍している得意種目だ。

野中生萌選手は、16歳のときにその「ボルダリング」でW杯に初参戦し、18歳で世界ランク3位、19歳で世界ランク2位と、一気に世界の階段を駆け上がってきた。162㎝の体をダイナミックかつしなやかに使い、次々に難しい課題を攻略していく。その技術と魅せる力で、19歳にして日本のクライミング界を引っ張る存在となっている。海外の課題では、突起物の距離が遠くに設定されていることもあり、162㎝という身長では不利なことも少なくないという。

競技中の写真

「国内では私は大きい方なのですが、国際大会などでは170㎝以上の、リーチのある選手の方が有利な課題もあります。ただ、身長がありすぎても攻略しにくいときもあって。クライミングというのは、どんな体型の人でも、それぞれのやり方で、挑める競技なんです。足りないところは補強すればいいし、自分のスタイルで攻略して、強ければいい。クライミングはただ勝つだけじゃなくて、スノーボードのXゲームのように、見ている人を楽しませたり、沸かせたりするところも魅力です。日本には、誰でも気軽にすぐ始められて、小さい人でも楽しめる課題もたくさんありますよ」クライミングが東京オリンピックに採用されたことで、より多くの人に親しんでもらえたら。野中選手の活躍を見て、「かっこいい」「おもしろそう」と子供たちがクライミングジムに、たくさん集まり、その中から世界で戦える競技者が輩出してくれたら。野中選手は競技者として世界一をめざすことはもちろん、その先に日本におけるクライミング人気の高まりも思い描いている。

成長期に一時的なスランプに陥っても、自分を信じて乗り越えた

青い若葉が萌える五月に生まれたことから、「生萌」と書いて「みほう」と名付けられた。三人姉妹の末っ子。子供のころから、元気いっぱいで、体を動かすことが大好きだった。クラシックバレエ、体操を習い、山登りが趣味の父親と一緒に、クライミングジムに行ったことがきっかけとなり、遊び心で登り始めたのは9歳のとき。最初のころは、勝ち負けを競う大会に興味がなく、とにかく目の前にある課題をどう登っていくかを考え、実践することにわくわくしていたという。
 「小学校4年か5年のときに、試合に出てみたら、優勝してしまって。そのころから、競技として取り組むようになりました。大会に出るようになると、人と競うのは好きではないと思いつつも、負けたら負けたで悔しくて。誰かと比べてということより、自分が目の前の課題をクリアできないということに対して、負けたくないなと。負けず嫌いなんです」
 中学では吹奏楽部に在籍しつつ、クライミングの練習も行い、どんどん力をつけて行ったが、高校に進むあたりで、初めて壁にぶつかったと振り返る。

競技中の写真

「身長が伸びて、筋肉や脂肪のつき方が変わったり、成長期に入って。今までと感覚が違ってしまった時期がありました。試合に出ても成績が出せない。だからと言って、クライミングを辞めようとは思いませんでした。好きだし、根拠のない自信もありましたし、いつかきっと越えられると信じることができていたので。周りの友達も"誰でもそういう時期はある""一過性のものだよ"と、声をかけてくれて。ライバルというより仲間という感じで、本当にうれしかったです」
 トレーニングで体の使い方を学び、しっかりと練習を積んで、野中選手はまた勝てるようになった。日本代表になり、よりいっそう世界で戦えるようにと、高校は通信制のコースに変更。海外でも多くの経験を積み、高校卒業と同時にプロの道に進んだ。
 仕事として様々な場であいさつをしたり、イベントに出たり、メディアから取材を受けることも増えてきた。競技者として、社会人として、以前は「人見知り」と尻込みしていたことにも、しっかりと向き合い、今はトップアスリートとしての土台を創り上げているところだ。

夕飯も食べずに、登り続けることも。夢はクライミングジム創設

リオデジャネイロオリンピックでは、日本男子の体操選手の活躍に感動したという。「自分も昔、体操をしていたというのもあって、年齢の近い白井健三選手の演技をすごい、すごいって思いながら見ていました。オリンピックは私にとって"観るもの"で、ここに4年後、クライミングも加わるということが、想像できなかった。オリンピックはテレビの中だけの、違う世界だと思っていました」
 東京オリンピックでの実施決定の直後に、ドイツから帰国した野中選手は、自分より周囲が盛り上がっていたことに驚いた。オリンピックとは無縁だったクライミング。ゆえに、オリンピックを目指して取り組んできたわけではなかったが、2020年の先にも続く、自身のクライミングへの挑戦のためにも、オリンピックの舞台に上がり、戦いきることで「さらに強くなりたい」と考えるようになった。東京オリンピックでは、得意の「ボルダリング」以外にも、長い距離を登り続ける"持久力"が必要な「リード」や、その対極である"瞬発力"が求められる「スピード」の2種目も、世界トップの力をつけないと、メダルが見えてこないと自覚しているという。

競技中の写真

「複合で戦うので、やらなきゃいけないことがたくさんある。ユースのころは、リードもやっていたし、スピードの速い動きも、やればできるという気持ちはあります。練習はけっこう長い時間やっています。午前中からトレーニングと練習。昼食後、少し休んだら、15時ぐらいからは夕飯も食べずに21時ぐらいまで、いろんなパターンを想定して、登り続けている日もあります。目の前にあるもの、変化に対応できる力をもっともっとつけたい。そしてやっぱり一番好きな、ボルダリングで世界一になることは、絶対的な目標です」
 スポーツクライミングをやりきったら、山の岩壁も登ってみたい。そしていつか、自分の理想のクライミングジムを創りたいという夢もある。野中選手は、今はまだ手の届かないゴールに向けて、ひたすら登り続ける。

スポーツクライミングってどんな競技?

東京オリンピックでは、リード・ボルダリング・スピードの3種目の複合種目として、青海アーバンスポーツ会場で実施される予定。
スピード、ボルダリング、リードの順に、予選、決勝が行われる。現時点では、各国男女20名が選出される予定。
◎リード:12メートル以上の壁に、課題が設定される。制限時間内でどこまで高く登れたか。体はロープで固定される。長い距離を登る"持久力"などが必要。
◎ボルダリング:高さ5メートル以下の壁に、複数の課題が設定される。制限時間内でいくつ課題を登れたか。「体を使ったパズル」「体を使って解くパズル」と呼ばれ、"先を読む力"などが必要。
◎スピード:15メートルの壁を、決められた配置のホールドを使ってどれだけ速く登れたか。2人のクライマーが隣合わせで競う。速く登る"瞬発力"などが必要。
http://www.2020games.metro.tokyo.jp/taikaijyunbi/taikai/syumoku/games-olympics/climbing/index.html

【スポーツを通して身に着けられるライフスキル】

目の前にある壁に設定された課題を、どう登るか。一人で瞬時に判断し、体をうまく使って攻略していく競技。判断力、洞察力、戦略性などが求められ、鍛えられていく。メディアのインタビューが増え、まだオリンピック競技としてはなじみのない、クライミングという競技を、わかりやすく説明し、その魅力を伝える機会も増え、コミュニケーション能力が磨かれている。プロとして活動することで、さまざまな世界の人たちとの接点も多くなり、人脈も広がっていく。