一つひとつの試合で確実に結果を残し、次につなげたい
- 競泳
- 関 海哉 選手 (江戸川区)
東京2020オリンピックにも出場し、競泳界のスプリンターとしてさらなる活躍が期待されている関海哉選手。第79回国民スポーツ大会(わたSHIGA輝く国スポ)にも出場した関選手に大会の感想や、今後の目標などを伺った。
せき・かいや 1999年生まれ。東京都江戸川区出身。KITAJIMAQUATICS所属。3歳のころから水泳を始める。東京2020オリンピック出場、2024年第66回日本選手権水泳競技大会 100m自由形1位、2024年世界選手権(ブタペスト)世界短水路選手権 混合4×50mメドレー7位、2025年第79回国民スポーツ大会(わたSHIGA輝く国スポ) 4×100mメドレーリレー2位、100m自由形6位。
始まりは父に連れられて行った海だった
父親が、サーフィンの大会に出ていたため、海に練習に行くことが多くて、 小さい頃から僕も一緒に連れていかれていました。夜中に車に乗せられて、朝起きたら目の前が海だったということも少なくなかったです。
それで「海に行く機会が多いなら、泳げたほうがいいだろう。」ということで、3歳の時に水泳を習い始めました。最初は競泳の選手になりたいとか、そんなことは全然思っていなかったです。
いつ頃から、競泳の選手になりたいと思い始めたのですか。
小学3年生の時にスイミングスクールを移ることになって、そこで水泳を習うようになったらどんどん速く泳げるようになり 、「選手コースに入らないか。」と誘われました。その時は、「将来オリンピックに出場したい」とまでは思っておらず 、自己ベストが出せると嬉しいし、自分と同年代の子よりも速く泳ぐことを目標にしていました。速く泳げるようになるために練習を繰り返していくなかで、徐々に競泳の選手になろうと思うようになりました。
アンカーとしての責任が、パワーに変わる
関選手はリレーが強いという印象があります。リレーの魅力とは何でしょうか。
僕はリレーのときはアンカーを務めることが多く、アンカーはクロールで泳ぎます。個人的にはクロール以外にも、バタフライ、背泳ぎも得意ですが、リレーになると、なぜかクロールがすごく速くなります。
その理由は何かと考えると、リレーはチームで戦うものだから、この3人と一緒に勝ちたい、優勝したいという思いが僕を引っ張ってくれるのかなと思っています。リレーでアンカーを務めると、僕がゴールタッチをした順位がそのままチームの順位になります。仮に僕の前に泳いだ3人のうちの誰かが遅れを取ったとしても、自分が巻き返すという気持ちを持って泳いでいますし、メンバーには「自分が1番最初にゴールタッチを決めるから大丈夫だ」と約束しています。アンカーである責任が、僕の泳ぎを速くさせるのかもしれません。
もちろん試合前になれば、今回は結果を出せるか不安な気持ちになることもあります。けれどその不安をなくして、ベストコンディションで試合に挑めるように日々練習を積み重ねています。日頃から十分に練習ができていれば、試合当日も自信をもって泳げます。
9回連続出場、国民スポーツ大会への出場は楽しい
2025年10月に開催された第79回国民スポーツ大会(わたSHIGA輝く国スポ)に出場されました。
国民スポーツ大会には、高校1年生のときから9回連続出場しており、大会とは長い付き合いになります。そもそも競泳は個人種目なので、リレーが実施される大会はとても少ないのですが、国民スポーツ大会では、都道府県ごとにチームを編成して出場できます。今までチームを組んだことのない選手や、今回も一緒だ、という顔なじみの選手もいて、リレーで出場しても毎回違う発見があり、面白いです。僕はリレーが好きなこともあり、国民スポーツ大会は出場するのが楽しみな大会です。
国民スポーツ大会に向け、練習で強化したことは何でしょうか。
これは国民スポーツ大会に限ったことではありませんが、僕の強みは飛び込んでから浮き上がってくるまでのドルフィンキックです。ドルフィンキックから浮き上がりにかけての流れをスムーズにして、その後の泳ぎをより速くするための練習を重ねています。
2026年に名古屋アジア競技大会があります。2028年開催予定のロサンゼルスオリンピックの出場選考にもつながる試合なので、しっかり結果を出して、いい流れをつくっていきたいです。
親水公園が多い、水を身近に感じられる地域
東京ゆかりのアスリートとして、ゆかりの地は江戸川区だと聞いています。江戸川区で思い出深い場所はありますか。
生まれも育ちも江戸川区なので、特別意識することもなく僕の生活に馴染んでいます。江戸川区は川が多く、水を身近に感じられる地域です。実家の隣には親水公園があり、たまに散歩をするとリラックスできます。